2012年7月 8日 (日)

浅野温子

 

 

 

そのままでした (^^♪ 

テレビで見る浅野温子さんそのまま~ 

表情 髪をかきあげる仕草 あの声 

 

 

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城上神社(きがみ) 祭神は大国主命 

そこで 「因幡のしろうさぎ」のよみ語り 

声色をかえ 迫力満点 ! 

白いブラウスに ジーンズ 

ときおり あの~髪をかきあげる仕草に 

魅入りました! 

 

前から2列目に座れたので 

 浅野温子~独り占め (=^^=)

いえいえ 餠の論 

隣には つれあいがいたんですが...

 

 

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狛ちゃんも かぶりつき状態  

 

 

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神社の屋根には 千木ならぬ 鯱 

すが 石見銀山 (=^^=)

 

 

 

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2012年7月 7日 (土)

大森の町

 

 

 

石見銀山で栄えた大森の町にやってきました ♪

 

 

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じつは銀山が 目的ではなかったのですが 

時間があったので

大森の町をすこしだけ散策できました (^^

 

残念ながら 銀山跡は 次回という事に 

石見銀山世界遺産登録5周年ということで 

なんと~浅野温子さんのよみ語り!

~が大森の神社であるとのことで 

はずかしながら 初~大森でした (^^

 

 

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銀山のだいぶん手前のところに

世界遺産センターというところがあって

 

 

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そこに車を止めて バスでむかいました 

終点のひとつ手前で降りて 

歩いて大森の町を ぶらぶら撮影しながら 

暑くて汗をふきながら

ゆっくり 会場まで向かいました

 

 

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五百羅漢 

 

 

 

 

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.

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.

Img_4991_2.

 

当時のままか?~どうかわかりませんが 

古い町並みに おみやげ屋さんカフェ 食堂 が並びます

 

 

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銀行もこの通り

 

 

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マンホール ↑ 

 

 

田舎に住んでる我々には 

確かに古い町並みだけど お店屋さんばかりなので 

ノスタルジーを感ずるまでは

いかなかったのが 正直なところです 

かえって 地元の

平田の木綿街道の方が雰囲気はありますね

 

 

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代官所跡です

 

 

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そうそう 有名な義肢装具の中村ブレイス~

 

 

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代官所の隣にありました 

 

 

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2009年7月17日 (金)

waon 

  

   

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「わおん」って 読むらしいですが 

もちろん 食べ物じゃないです 

  

以前 六子を 

穴子と 勘違いされてから トラウマ?状態 

  

冗談はさておき 

これ電子真似~

ならぬ 電子マネ~でございます 

なぜか~

石見銀山 と コラボ 

やはり 銀山だけに 

ご円(縁)があったということでしょう~か (^_-)~☆

  

カ~ドのデザイン的にも

石見銀が 

電子マネ~をイメ~ジしやすいのかなと思ったり 

石見銀山を訪れた記念としても 

これを使うたびに 石見銀山を思い出したり 

お土産としても安価ですしね 

  

  

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所謂 お財布携帯と同じですが 

40代以上の方は

機能として付いていても使うのはせいぜい数%らしいです 

  

ある講演会で戴いたんですが 

残念ながら 

近くで つかうとこがないんですよ 

都会ではどうなんでしょう?  (^^

  

電子マネ~ 普及しますかな? 

 

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2007年12月11日 (火)

鏝絵 (こてえ)

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これも~

石見の文化です~

 

鏝で~浮き彫り

壁に こんな風な レリ~フがあれば

いいわなぁ~

 

いまも~石見のほうでは

伝わっているそうです   (^^

いや~伝えて欲しい !! 

 

石見銀山の一角ですから

楽しみふえましたねぇ   (^_-)~☆

 

 石見銀山で知られる

大田市

大森町

の町並み。

この地区の一角にある西性寺。

 

「鳳凰」は、その経蔵正面の壁に彫刻された作品です。

蒼空にはばたくそのすがたは、実にダイナミック。

羽の端にはガラス玉が埋め込まれており、

制作当時はキラキラとまばゆいばかりであったそうです。 

 「鳳凰」は、

「左官の神様」と尊敬された松浦栄吉が還暦を迎えた、

大正時代中ごろの作品です。

西性寺の経蔵には、

ほかの三面の壁にも大輪の牡丹や菊が彫刻されており、

建物全体が彼のトータルな作品となっています。

図柄の構成や浮き彫りの技法など、

彼の左官人生を集大成した輝きを感じます。

 

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2007年11月 2日 (金)

福光石(ふくみついし)

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石見銀山だけではありません

石州には~

石見銀山との~つながりもあり

独特の文化が~育まれています (^^)v

 

「福光石」は、

島根県温泉津(ゆのつ)町福光(ふくみつ)で

今も採石されている淡青色の軟石で、

五百羅漢座像のほとんどにこの福光石でつくられている。
 今から15001600万年前に噴出した火山灰が岩石化したものと言われ、

明治時代までは、

島根県宍道(しんじ)町来待の「来待石(きまちいし)」とともに、

山陰を二分する石製品の産地として栄えていた。
 現在でも民家や公共工事など、

主に外回りの修景用などに使われおり、

ここ大森では「石見銀山大森郵便局」の出入口周りに

この福光石が使われている。

膨大なのみ跡が山容を変え、

約450年間に及ぶ石の文化を連想させる。

大田市

温泉津町

福光の石山。

同町の特産品・福光石の採石場として唯一、現在も操業が続く。

戦国時代後期以降、

一帯から切り出された淡緑色の福光石は、

石見銀山の人々の暮らしを大きく支えてきた。


 大森の町並み保存地区と

銀山本体の柵内(さくのうち)で確認された

墓石などの石造物は合計1万1000基。

その大半が福光石だ。

大森の仙の山と石山の距離は約20キロ。

石工が仕上げた石造物は、

牛馬が背負い銀山街道の難所・降露坂を越え、

大森にもたらされた。

 コンクリートがない時代、

福光石は神社の鳥居や水路、街道を補強する石材など

、さまざまな用途に用いられた。

その需要は、

石見銀山で生きた人々の栄枯盛衰の歴史と重なり合う。

 

 以上 山陰中央新報より

 

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2007年9月13日 (木)

石州銀 (●^o^●)

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きのうに引き続いて~

しまね物産店から で~す (^^

 

石州銀~いかが~?

値札が~生々しいけど~”^_^”

 

最盛期~  

どんなに~凄かったんでしょう~か

これらが~ ザクザク~  (^^)v

 

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2007年8月29日 (水)

石見銀山~まんじゅう

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芋を題材にした まんじゅう~

いも を 表現しています (^^

あんは いもあんです (^^)v

 

これも いもまん 

まん丸? 

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胡麻餅もありました (^^

 

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2007年8月 1日 (水)

石見銀山の価値~その弐

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古代出雲歴史博物館の特別展の

特別講座が あり いってきました。 (^^)v

前回の続きです~

 

銀山 というのはそれだけで
完結しない。

掘り出してそれを 港まで運搬し、

各地へ送り出す。

また、銀山で働く人たちすべての生活の場がある。

それらを含めて世界遺産となっている。

積出港である 温泉津の湊。 (写真)

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湊と温泉津の町の昔の地図が残っているが、

現在とあまり変わっていないという

その当時がそのまま残っているということに~(写真)

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なんでも当時3万人!!が 

住んでいたらしい。

3万人 これは 

その当時世界的にみても大都市だそうだ。

今はすごく 寂れた所なので、

どんなに賑わっていたか想像が付きません~

みなさんも 温泉津には温泉旅館があるので、

泊まって当時を偲ばれたら良いかもしれません。(^^♪ 

  

この銀山~

当然 戦国大名の取り合いが繰り広げられた。

何度も取ったり取替えしたり と~

最後は家康さんが直轄にした。

家康の直筆の文書も残っている~(写真)

それだけ~重要であった。

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そして今また輝きだそうとしている。(^_-)~☆

  

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2007年7月29日 (日)

石見銀山の価値~その壱

 

古代出雲歴史博物館の特別展の

特別講座が あり いってきました。 (^^)v

 

受付で『世界遺産登録』と

誇らしげなクリアファイルを頂きました。

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初めに古代出雲歴史博物館の館長が挨拶されたんですが

『まさに代打さよなら満塁ホ~ムラン』で あったと仰ってました。

あの時点前までは

今回の古代出雲歴博の石見銀山展示も

『世界遺産登録を目指して』

という事にするしかないと関係者は思っていた。

黄泉の国の大国主の力だったんでしょう~か?(^^)v 

誠に御同慶のいたりです。

 

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さて~石見銀山の価値~

関係者も認めているようにわかりにくい。

世界遺産ですから世界を尺度にしないと~

という事になるんですが。

 

博多の豪商 神谷重禎が開発を始めて

数年で世界の 銀産出で最大となり、

まさに 『黄金の国』 と

世界中から注目を浴びて

まさに世界を動かした!

そういう意味での

そういう時代の遺跡が 残っている という世界的価値は大きい。
通常 欧米の産業遺跡は時代と共に作り変えられ残っていない。

(石見銀山の場合 取り残されたという 言い方もあるが)

この時代 ポルトガルから種子島(鉄砲)が伝わっているが、

何の為 にわざわざポルトガル人は

この地の果てまで来たのであろうか

(写真の世界地図では右端)

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その交易の品物は、

まさに石見銀山の銀であったろう。

中国から銀の精錬法  灰吹き法が伝わり、

飛躍的に生産量が伸びた。

それに使った鉄鍋(写真)が 

山の天辺 から発見された 

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また、精錬跡も調査で発見された。

もちろん間部(まぶ)と呼ばれる坑道も 多数残っているが、

危険なので整備次第順次公開予定とのこと
また間部の中へ空気を送る為の装置の絵が残っていて、

漢方薬を空気に混ぜて送風していたらしいのです。

それだけ環境が悪かったのでしょう (写真) 

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 次回へ~続く (^^

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2007年7月27日 (金)

黄金の国~ジパング

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世界遺産 石見銀山

登録後 相当盛り上がってるらしい~

多く の観光客が押し寄せ 

当時の繁栄振りを垣間見せる 

 

古代出雲歴史博物館でも 

特別展があり~ 

なんとマルコポ~ロの 「東方見聞録」 を

ポルトガルからお取り寄せ 展示!
(通販じゃない~よ) 

黄金の国~ジパング 

って書いてあるんでしょう~なぁ (^^♪ 

ポルトガルの国王?よくぞお貸しくださった m(^^)m 

  

いまねぇ 

黄金の町まで~

古代出雲歴史博物館~

出雲市

駅~経由の 

臨時直通バスが出てるんだって 

ぜひ~どうぞ~ (^_-)~☆

 

Iwai2

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